現代社会は、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代と呼ばれ、未来の予測が困難な状況にあります。終身雇用制度の崩壊や企業の倒産・リストラなど、一つの収入源に頼る働き方には大きなリスクが伴うようになりました。
このような不確実な時代において、個人のキャリアと生活を守り、さらに豊かにするための新しい働き方として「複業」が注目を集めています。
この記事では、複業がなぜ今、新しい働き方として注目されているのか、その定義から副業との違い、得られる多様なメリットと注意点、そして具体的な始め方から成功させるための継続のコツを解説します。
複業とは?副業との違いから定義を理解する
近年、働き方の多様化が進む中で、「複業」という言葉を耳にする機会が増えました。複業とは、複数の本業を並行して行い、どの仕事にも本業レベルの責任とコミットメントを持って取り組む働き方を指します。これは、「パラレルワーク」とも呼ばれ、複数の仕事が「並行(parallel)」して存在するという意味合いが込められています。
一方、「副業」は、主な収入を得るための「本業」があり、その傍らで追加的に収入を得るための仕事です。副業の主な目的は収入補填であり、本業がメイン、副業がサブという主従関係が明確に存在します。例えば、会社員が休日や空き時間にアルバイトをしたり、Webライティングで小遣いを稼いだりするケースがこれに当たります。
複業と副業の決定的な違いは、「主従関係の有無」と「目的の多様性」にあります。複業では、すべての仕事が「本業」として扱われ、収入増加だけでなく、キャリア形成、自己実現、スキルの深化、そしてリスク分散といった多角的な目的を持って取り組まれます。複数の仕事で得た経験やスキルを相互に活かし、キャリアを同時に発展させていくことが可能です。

不確実な時代に「複業」が注目される背景
「複業」がこれほどまでに注目されるようになった背景には、現代社会が直面している大きな変化と、それに対応しようとする個人の意識の変化があります。
終身雇用制度の不確実性
かつては安定の代名詞であった終身雇用や年功序列といった日本的雇用システムは、経済的な低迷や雇用の流動化を受け、その前提が崩れつつあります。一つの企業にキャリアのすべてを委ねるモデルは、もはや万能の正解とは言えなくなり、多くの人が将来への漠然とした不安を抱えるようになりました。このような状況で、収入源を複数化し、リスクを軽減する手段として複業が選ばれています。
働き方改革とリモートワークの普及
労働時間の短縮やフレックスタイム制度の普及により、会社員が自由に使える時間が増えました。特に2020年以降の新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークが広く普及したことで、通勤時間が削減され、複数の仕事を掛け持ちする時間的余裕が生まれたことは大きな要因です。場所に縛られずに仕事をするスタイルが一般化したことも、複業人口を増加させています(https://entrenet.jp/magazine/53388/)。
企業側が副業を容認
厚生労働省による「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の改定(2022年7月)など、企業側がダブルワークを容認する流れも加速しています。リクルートや三菱地所、メルカリといった大手企業が社員の複業・副業を許可する動きを見せるなど、企業もまた、人材の多様化や自律的なキャリア形成を支援する方向にシフトしています。これにより、複業を始める際の心理的・制度的ハードルが下がりました。

「複業」がもたらす多様なメリット
複業は、単なる収入増加に留まらず、個人のキャリアと人生に多岐にわたるメリットをもたらします。
経済的なリスク分散
一つの会社や仕事に収入源を依存していると、不況や会社の業績悪化、リストラといった予期せぬ事態が発生した場合に生活の基盤が揺らぐリスクがあります。しかし、複数の収入源を持つ複業であれば、万が一一つの仕事が不安定になっても、他の仕事でカバーできるため、経済的な安定性を高め、セーフティネットとしての役割を果たします。これにより、精神的な余裕も生まれるでしょう。
スキルアップと市場価値の向上
異なる業種やコミュニティで働くことで、本業では得られない新しいスキルや知識を吸収できます。例えば、ITエンジニアがライターとして複業を行うことで、文章力やマーケティングスキルを磨くことが可能です。異分野で得たスキルを本業に応用することで、社内での差別化を図り、自身の市場価値を高める絶好の機会となります。
キャリアの多様化と柔軟な働き方
複業は、一つの企業にキャリアを全うするという固定観念から解放し、複数の職業や企業に依存しない柔軟なキャリアパスを築くことを可能にします。多様な経験を積む中で、自分が本当に情熱を持てる分野や適性を見つけやすくなり、時代の変化や業界の不安定さにも対応しやすくなるでしょう。
自己実現と自己管理能力の向上
収入アップだけでなく、自分の趣味や興味を仕事として形にするチャンスを得られます。複数の仕事を掛け持ちすることで、時間やタスクを効率よく管理する能力が自然と磨かれ、スケジュール管理や優先順位付けのスキルが向上します。これにより、プライベートの時間も含めたライフバランスを上手に保ち、結果としてQOL(生活の質)の向上にもつながるでしょう。
「複業」実践で知っておくべきデメリットと注意点
複業は多くのメリットをもたらしますが、実践する上で理解しておくべきデメリットと注意点も存在します。これらを事前に把握し、対策を講じることが成功への鍵となります。
時間的・体力的な負担の増大
複数の本業を並行して進めるということは、その分仕事に割く時間が増えることを意味します。特に会社員として働きながら複業を行う場合、残業や休日出勤が多いと過重労働に陥る可能性があります。人生を豊かにするための複業が、かえってストレスや疲労の原因とならないよう、無理のないスケジュール管理と十分な休息の確保が不可欠です。
高い自己管理能力が求められる
複数の仕事の進捗や品質、納期を自分で管理し、各業務に責任を持ってコミットする必要があります。リモートワークの場合、上司や同僚の目が届かないため、なおさら自己規律が重要になります。効率的にタスクをこなすための工夫や、優先順位付けのスキルを磨く意識が求められるでしょう。
勤務先の就業規則の確認
複業を許可する企業は増えていますが、企業によってはまだ禁止されていたり、業種や業務内容に制限を設けていたりする場合があります。公務員など特定の職種では法的な制限も存在します。就業規則に違反すると懲戒処分のリスクがあるため、必ず事前に確認し、トラブルを未然に防ぎましょう。
確定申告などの税務上の対応
給与所得以外の所得が年間20万円を超える場合、原則として確定申告が義務付けられます(https://turns.jp/77953)。住民税が増加することで勤務先に複業が知られる可能性もあるため、住民税の徴収方法を「普通徴収」に切り替えるなどの対策も検討すると良いでしょう。社会保険や国民健康保険の負担額が変わるケースもあるため、必要に応じて税理士や専門家に相談し、適切に対処することが重要です。

「複業」を始めるための具体的なステップ
複業に興味があっても、「何から始めればいいのか分からない」と感じる人は少なくありません。ここでは、複業を始めるための具体的なステップを解説します。
ステップ1:現状把握と複業の目的を明確化する
まず、現在の勤務先の就業規則で複業が許可されているかを確認しましょう。許可されていても業務内容に制限がある場合があるため、詳細まで把握することが重要です。次に、「なぜ複業をしたいのか」という目的を明確にします。収入アップのためか、スキルアップのためか、自己実現のためかなど、具体的な目的を設定することで、今後の方向性が定まり、モチベーション維持にも繋がります。
ステップ2:スキルの棚卸しをする
自分が「できること」と「やりたいこと」を具体的にリストアップします。これまでの仕事で培ってきた経験やスキル、人から頼られること、興味のある分野などを書き出してみましょう。自分の強みを客観的に把握することが、複業の方向性を決める上で非常に重要です。
ステップ3:具体的な仕事を決める
棚卸ししたスキルや興味を活かせる仕事は何かを具体的に考えます。今の仕事内容に囚われず、自分の得意なことを起点に、どのように人の役に立てるかを検討します。複数のスキルを組み合わせることで、ユニークな価値を生み出せる可能性もあります。Webデザイナー、ライター、プログラマー、オンライン講師など、多様な職種が複業として推奨されています。
ステップ4:働く条件と目標を決める
複業に割ける時間や曜日、働く場所(リモートか否か)、そして目標とする収入額など、具体的な条件と目標を設定します。「週に〇時間」「月に〇万円」といった具体的な数字を設定することで、仕事選びの基準が明確になります。現実的なラインで設定し、無理のない範囲で始めることが大切です。
ステップ5:仕事を探す
具体的な仕事内容、条件、目標が決まったら、実際に仕事を探します。クラウドソーシングサイト(例:クラウドワークス、ランサーズ)、フリーランス・副業向けマッチングサービス(例:Workship、HiPro)、あるいは知人からの紹介など、多様な方法があります。未経験分野でも、小さく始められる案件から挑戦してみるのも良いでしょう。

「複業」を成功させるための継続のコツ
複業を始めても、継続できなければそのメリットを十分に享受することはできません。ここでは、複業を成功させ、長く続けるためのコツを紹介します。
明確な目標を設定し続ける
複業を始めた理由が収入アップであれ、スキルアップであれ、自己実現であれ、その目標を常に意識し、定期的に見直すことが重要です。漠然とした目標ではなく、「〇月までに月〇万円の収入を安定させる」「〇〇のスキルを習得し、新しい案件を獲得する」といった具体的な目標を設定することで、モチベーションを維持しやすくなります。
小さく始めてリスクを抑える
最初から完璧を目指したり、高額な初期投資をしたりするのは避けましょう。まずは低リスク・低資金で始められるものから着手し、少しずつ経験を積んでいくのが賢明です。例えば、ブログ運営やハンドメイド販売であれば、無料のプラットフォームから始めることができます。失敗してもリカバリーできる範囲でスタートすることで、心理的な負担も軽減されます。
徹底した時間管理と体調管理
複数の仕事を掛け持ちする複業では、時間管理能力が成功の鍵を握ります。カレンダーアプリやタスク管理ツールを活用し、各仕事の納期、作業時間、休憩時間を明確に設定しましょう。効率的な時間配分を意識し、作業時間をタイマーで管理することも有効です。また、過労によるパフォーマンス低下や健康リスクを避けるため、休息日を確保し、食事や運動にも気を配るなど、体調管理を徹底することが何よりも重要です。
失敗を恐れず、学びと捉える姿勢
複業は、新しい挑戦の場でもあります。うまくいかないことや、想定外のトラブルが発生することもあるでしょう。しかし、それらを「失敗」と捉えるのではなく、「学び」の機会として捉える前向きな姿勢が大切です。改善点を見つけて次に活かすことで、着実に成長し、複業を成功に導くことができます。
スキルの掛け合わせで差別化を図る
本業と異なる領域で働くことで、ユニークなスキルの組み合わせが生まれます。例えば、ITエンジニアが音楽活動をすることで、「音楽×テクノロジー」といった独自の価値を生み出せるかもしれません。複数の専門スキルを持つことで、ライバルとの差別化を図り、クライアントの複雑な課題に柔軟に対応できる人材として重宝されるようになるでしょう。
これらのコツを実践することで、複業を単なる一時的な取り組みで終わらせず、長期的なキャリア形成と自己実現のための強力なエンジンとして活用できるでしょう。
まとめ
不確実性が高まる現代において、「複業」は経済的なリスクを分散し、個人のキャリアと人生を豊かにするための新しい働き方として、その重要性を増しています。単なる収入補填の「副業」とは異なり、複数の仕事を「本業」として並行して行う「パラレルワーク」である複業は、収入源の多様化だけでなく、スキルアップ、キャリアの多様化、自己実現、そして自己管理能力の向上といった多岐にわたるメリットをもたらします。
もちろん、複業には時間的・体力的な負担の増大、高い自己管理能力の必要性、勤務先の就業規則の確認、確定申告などの税務上の対応といった注意点も存在します。しかし、これらのデメリットを理解し、計画的に準備を進めることで、リスクを最小限に抑えながら複業の恩恵を最大限に享受することが可能です。
複業を始めるためには、まず自分の目的を明確にし、スキルの棚卸しを行い、具体的な仕事内容や条件、目標を設定することが重要です。そして、クラウドソーシングやマッチングサービスなどを活用して仕事を探し、小さく始めることをおすすめします。成功への継続のコツは、明確な目標設定、時間と体調の管理、そして失敗を恐れない学習の姿勢です。
変化の激しい時代に、一つの場所や組織に依存せず、自身の価値を高め、選択肢を持つことは、まさに「不確実な時代を生き抜く」ための鍵となります。複業は、あなたの人生をより豊かで安定したものにするための強力な手段となるでしょう。今日から、あなた自身の新しい働き方、新しいキャリア戦略をデザインするための一歩を踏み出してみませんか。