先日、世界経済フォーラムから「未来の仕事レポート2025」が発表されました。このレポートは1,000社以上のグローバル企業を対象に調査を実施し、2030年までの労働市場の変化を分析した重要な報告書です。今回は、この世界的なトレンドが日本の働き方にどのような示唆を与えるかを解説します。
世界経済フォーラムから「未来の仕事レポート2025」:
https://jp.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/
AIと人間の関係性:「代替」から「協創」へのパラダイムシフト
日本でも「AIに仕事を奪われる」という不安の声をよく耳にしますが、グローバルなトレンドは異なる方向を示しています。
現在、業務タスクの47%が人間中心で遂行されていますが、2030年には33%まで減少する見込みです。しかし注目すべきは、機械による完全自動化が34%に増える一方で、人間とAIの協働タスクも33%まで増加するという点です。
特に生成AI(GenAI)への投資が急速に進んでおり、既に企業の86%がAI・情報処理技術への投資を強化しています。日本企業としては、この「協創モデル」をいかに早期に構築できるかが重要になるでしょう。
雇用環境:グローバルな構造変化と日本への影響
レポートによると、2030年までに全世界で1億7,000万の新規雇用が生まれ、9,200万の雇用が失われると予測されています。差し引きで7,800万(約7%)の雇用純増となる見込みです。
世界的に成長が見込まれ、日本でも同様の傾向が予測される職種
- デジタル技術関連(ソフトウェア開発者、AI・機械学習専門家)
- ケアエコノミー(看護師、介護サービス、ソーシャルワーカー)
- グリーン関連(環境エンジニア、再生可能エネルギー専門家)
- 自動車産業(電気自動車、自動運転専門家)
減少が予測される職種
- 事務・秘書職(データ入力係、一般事務)
- 銀行・金融窓口業務
- 定型化された小売・サービス業
日本の高齢化を考えると、特にケアエコノミーの成長は必然的であり、ここへの人材投資が重要になるでしょう。
スキル転換の時代:グローバルトレンドと日本の位置づけ
最も衝撃的なデータは、労働者のコアスキルの39%が2030年までに陳腐化するという予測です。これは日本の労働者にとっても例外ではないでしょう。
2030年に世界的に重要性が増し、日本でも同様に重要となるスキル
- AI・ビッグデータ
- ネットワーク・サイバーセキュリティ
- 技術リテラシー
- 創造的思考
- レジリエンス・柔軟性・俊敏性
興味深いのは、技術スキルと同時に人間的資質(創造性、適応力、リーダーシップ)が重視されている点です。これは、日本企業がこれまで培ってきた強み(チームワーク、現場力)がAIとの協働モデルでも競争優位につながる可能性を示唆しています。
企業側の対応も変化してきており、継続的な学習・再訓練プログラムの提供が進んでいます(実施率41%→50%)。また、59%の労働者が何らかのトレーニングを必要とする中、29%は現職でのアップスキリング、19%はリスキリングが可能とされています。
人材戦略の世界的な新潮流:福利厚生の重視と日本の課題
注目すべきグローバルトレンドとして、**従業員の健康と福利厚生の支援が人材戦略のトップになりました。2023年レポートの9位から2025年レポートでは1位に急上昇し、64%の企業が人材確保のための重要戦略として位置づけています。**これは、コロナ禍を経て企業が本格的に「人的資本」の重要性を認識し始めた証左と言えます。
東アジア地域共通の課題として、
- 高齢化と景気減速への対応
- 組織文化の変革(46%の企業が最大の障壁として課題視)
その中で、日本企業は特に多様な人材プールの活用を重視する傾向が見られます(47%が重視、前年比大幅増)。
また、世界的にDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)施策の実施率は83%に達しており、日本企業もこの潮流に対応していく必要があります。特に管理職・スタッフ向け研修や、ターゲットを定めた採用・定着戦略が重要視されています。
スキルベース採用の台頭:日本の採用文化への示唆
世界的に、多くの企業がスキルベースの採用モデルに移行することを検討しています。特にインドの事例として、現地企業の30%がスキルベース採用を計画しており、これは世界平均の19%を上回っています。また、多様な人材プールの活用や学位要件の撤廃など、スキルファーストのアプローチが注目されています。
この動きは、日本の「新卒一括採用」を中心とした慣行にも影響を与え、変革を促す可能性があります。
さらに、リモートワークの拡大(国境を越えたリモートワーク採用が27%)や、介護責任を持つ労働者への支援(26%)など、働き方の柔軟性向上施策も注目されています。
東アジアにおける日本の位置づけ:デジタル化の課題と機会
東アジア地域内でも、テクノロジーへの取り組みには差が見られます。中国・韓国が技術投資を重視する傾向にある一方、日本・香港は多様な人材活用に注力しています。
企業が政府に期待する施策として、
- リスキリング・アップスキリングへの資金提供(企業の55%が期待)
- 公教育システムの改善(47%)
- デジタルスキル教育の強化
日本としては、この機会を活かし、デジタル技術投資と人材活用の両面で競争力を強化する必要があります。
賃金戦略の転換:パフォーマンスベースへの移行
世界的な傾向として、52%の企業が2030年までに賃金への収益配分を増やすと予測しています。特に賃金決定の主要因として
- 労働者の生産性・業績との連動(77%)
- 人材・スキル維持のための競争(71%)
この潮流の中で、日本でも従来の年功序列型報酬体系から、よりパフォーマンスベースの報酬体系への移行が加速する可能性があります。
日本企業が検討すべき行動
このレポートが示すグローバルトレンドから、日本企業が検討すべき行動は以下の通りです。
- デジタル技術投資の加速:特にAI・生成AIへの投資強化
- 人的資本投資の強化:健康・福利厚生、継続的学習機会の提供
- 組織文化の変革:柔軟性、多様性、創造性を重視する環境づくり
- 人事制度の見直し:スキルベース採用から評価まで一貫した改革
- AIと人間の協創モデル構築:技術導入と同時に人間の強みを活かす戦略
2030年までの5年間は、日本企業にとってグローバルな変革の波に適応する重要な時期となるでしょう。世界的なトレンドを踏まえつつ、日本の強みを活かしながら、新たな競争力を構築していくことが求められています。
まとめ
「未来の仕事レポート2025」が描く2030年の世界は、確かに挑戦に満ちていますが、同時に機会に溢れています。日本企業が立ち向かうべき変化の本質は、技術革新そのものではなく、「人と技術の関係性」をいかに再構築するかにあります。
重要なのは、このグローバルな変革期において、日本が「追従者」ではなく「創造者」として位置づけることです。日本企業が長年培ってきた「人を大切にする経営」の理念は、今まさに世界が注目する「人的資本重視」というトレンドと方向性を共にしています。健康・福利厚生の重視が世界第1位の人材戦略として浮上したことは、この文化を持つ日本にとって追い風となるでしょう。
今から2030年までの5年間は、「守るべき価値観」と「変えるべき仕組み」を見極める重要な期間となります。デジタル・スキルの強化と組織文化の変革を同時に進めながら、日本ならではの「協創モデル」を構築していく。この道のりは決して容易ではありませんが、データが示す方向性は明確です。