週末の温泉街を歩いていると、最近よく見かける光景があります。観光地のカフェで、景色を眺めながらノートパソコンに向かう人たち。スマートフォンでオンライン会議に参加している人の姿も珍しくありません。これこそがまさに「ワーケーション」の風景です。
矢野経済研究所によると、2025年度のワーケーションの国内市場規模は3622億円と20年度比で5.2倍に拡大する見通しという、まさに急成長中の市場です。そんなワーケーションブームの波に乗って、地域活性化を狙う自治体も急増しています。でも実際のところ、どんな取り組みをすれば成功するのでしょうか?今回は、ワーケーション推進の裏側にある「成功の方程式」を、データと実例を交えながら解き明かしていきます。
データで見る!ワーケーション市場のリアル
まずは現状を数字で把握してみましょう。観光庁の調査によると、企業のワーケーション導入率はわずか5.3%、従業員のワーケーション経験率も4.2%と、まだまだ低い水準です。一方で、ワーケーション制度に興味ありと答えた人は62.0%と6割を超える結果も出ており、需要と供給にはギャップがあることがわかります。
2021年の調査では、直近1年間にワーケーションを実施した人は全就業者の6.6%という結果でした。また、ワーケーション経験者のうち、14.1%が他のメンバーに隠れてワーケーション(隠れワーケーション)を行っているという興味深いデータもあります。
現在の市場規模から見ると、まだ黎明期にあるワーケーション市場ですが、潜在的なニーズは高く、今後大きな伸びが期待できる分野といえるでしょう。
自治体がワーケーションに注目する3つの理由
1. 持続可能な観光収入の確保
従来の観光は、短期滞在による一過性の消費が中心でした。しかしワーケーションは平均滞在期間が長く、ワーケーション中の一日当たりの平均労働時間は5.4時間と通常の勤務時間より少し短い傾向があります。つまり、観光と仕事の両方でお金を使ってもらえる「おいしい市場」なのです。
特に平日の需要創出は、宿泊施設や飲食店にとって大きなメリットです。週末だけでなく平日も安定して稼働できれば、経営の安定化につながります。
2. 関係人口の創出と移住促進への橋渡し
ワーケーションの魅力は、単なる観光以上に地域との深いつながりを生み出すことです。ワーケーション後に仕事における意識の変化/行動の変化/成果があった割合は4~5割で、観光群よりも30pt程度高いという結果が示すように、参加者にとって深い体験価値を提供できるのです。
定期的に同じ地域を訪れるリピーターが生まれ、やがて移住・定住へとつながる可能性も秘めています。人口減少に悩む自治体にとって、新たな人材獲得の入り口として機能することが期待されています。
3. 地域課題解決の新たなアプローチ
外部の専門知識やスキルを持った人材が地域に入ることで、従来とは異なる視点から地域課題にアプローチできます。地域の人だけでは気づかなかった資源の活用方法や、新しいビジネスモデルの提案など、イノベーションが生まれる可能性があります。
成功事例から学ぶ「勝利の方程式」
和歌山県:先駆者としての戦略的アプローチ
和歌山県は2017年より「和歌山県ワーケーションプロジェクト」として取り組みを開始し、2017年~2019年の3年間で104社910名が和歌山県でのワーケーションを体験しています。
成功のポイントは、ワーケーション・コンシェルジュの設置です。ワーケーション・コンシェルジュは同県情報政策課に設置し、ワーケーションに適切なカフェや宿泊場所、アクティビティについての問い合わせなどに応じています。
また、単なる場所提供にとどまらず、PR動画の制作や、和歌山でのワーケーションを視覚的に理解してもらうコンテンツ作りにも力を入れています。
長野県:遊休施設活用による差別化戦略
長野県は県内の代表的なリゾート地である軽井沢町・茅野市・白馬村に整備したリゾートテレワーク拠点でのワーケーション誘致を推進しています。
特徴的なのは、商店街の空き店舗などの遊休施設を利活用している点です。新たに施設を建設するのではなく、既存の資源を活用することでコストを抑えつつ、地域の景観も活かした魅力的な空間を創出しています。
北海道:スケールメリットを活かした広域連携
北海道はテレワーク協会と連携し、道と道内17市町との共同事業として「北海道型ワーケーション」の創出に取り組んでいます。
「休暇・観光型」では大自然のなかでのホーストレッキングや冬季限定の流氷ウォーク、「仕事・業務型」では最先端スマート農業の視察など、首都圏企業の本業と関連する北海道ならではのプログラムを用意しており、地域の特色を最大限活かした取り組みを展開しています。
自治体が直面する4つの壁とその突破法
壁その1:限られた予算と人員の制約
多くの自治体が抱える共通の課題です。しかし、これには具体的な解決策があります。
突破法
- 国や県の補助金・交付金制度の積極的活用
- 民間企業やNPO法人との連携による資金・ノウハウの提供
- 既存の観光予算の一部をワーケーション関連に振り向ける
実際に長野県では平成30年度補正予算で1,900万円を計上し、拠点整備事業を実施しています。また、総務省の「関係人口創出・拡大事業」に採択されるなど、活用できる制度は数多く存在します。
壁その2:地域住民や関連事業者との合意形成
新しい取り組みには必ず反対意見や懸念の声が上がります。これを乗り越えるためには、丁寧なコミュニケーションが不可欠です。
突破法
- 定期的な説明会や意見交換会の開催
- 具体的なメリット(経済効果、雇用創出など)の数値による提示
- 地域住民が主体的に参加できるプログラムの導入
- 成功事例の共有と情報提供
地域の合意を得るためには、ワーケーション利用者を「お客様」ではなく「共に地域を良くする仲間」として位置づけることが重要です。
壁その3:施策の効果測定の困難さ
ワーケーションの成果を数値化し、上層部や議会に説明することは、多くの自治体職員にとって課題となっています。
突破法
- 事前のKPI設定(交流人口数、地域内消費額、満足度、リピート率など)
- 多角的な効果測定(アンケート調査、Webアクセス解析、事業者売上データ活用)
- 定性的効果の具体例による説明(SDGs貢献度、働き方改革への寄与など)
職務効力感を高める要因として、ワーケーション中の「非日常感」「体験の多さ」「現地交流の体験」「偶発的な体験」が職務効力感を促進していることがわかっており、こうした定性的な効果も含めて総合的に評価することが大切です。
壁その4:持続可能な施策としての定着
一過性のブームで終わらせないためには、長期的な戦略が必要です。
突破法
- 地域の総合計画や観光戦略への明確な位置づけ
- 専門部署や担当者の配置
- 地域DMOの設立や多様な主体との連携強化
- 継続的な情報収集とプログラム改善の仕組み構築
企業と地域住民を巻き込む実践的ノウハウ
企業との効果的な連携術
企業を誘致するためには、単なる観光地としての魅力だけでは不十分です。企業が抱える具体的な課題解決に貢献できるプログラムを提案することが重要です。
具体的なアプローチ方法
- 企業ニーズの深堀り(働き方改革、従業員エンゲージメント向上、SDGs貢献など)
- カスタマイズされたプログラムの提案
- 共同プロモーションの実施
- 継続的な情報提供とサポート体制の構築
株式会社NTTデータ経営研究所、株式会社JTBと共に実施した効果検証実験では、ワーケーション期間中に仕事のパフォーマンスが20.7%上昇し、仕事のストレスは37.3%低減したという具体的なデータを活用して、企業側のメリットを明確に示すことが効果的です。
地域住民との信頼関係構築法
地域住民の理解と協力なくして、ワーケーションの成功はありえません。住民を「おもてなしする側」としてだけでなく、「共に地域を発展させるパートナー」として位置づけることが大切です。
実践的な巻き込み方法
- ワーケーションのメリットと地域への効果の丁寧な説明
- 地域住民が参加できる交流イベントの企画
- 地域課題解決プロジェクトへの参画機会の提供
- 地域事業者へのメリット提示と具体的な支援
たとえば、地域の伝統行事への参加や、地元食材を使った料理教室など、自然な交流の場を設けることで、ワーケーション利用者と住民の距離を縮めることができます。
効果測定で差をつける!5つの重要指標
ワーケーション施策の成功を測るためには、多角的な指標設定が不可欠です。
1. 経済効果指標
- 地域内消費額の増加
- 宿泊施設の稼働率向上
- 観光関連事業者の売上増加
2. 人的交流指標
- ワーケーション利用者の延べ人数
- リピーター率
- 移住・定住者数の増加
3. 満足度指標
- 利用者満足度調査結果
- 地域住民の意識変化
- 口コミ・SNS言及数
4. PR効果指標
- メディア露出回数
- ウェブサイトアクセス数
- ブランド認知度の向上
5. 社会的インパクト指標
- 地域課題解決プロジェクト数
- SDGs達成への貢献度
- 地域イノベーション創出事例
これらの指標を定期的に測定し、PDCAサイクルを回すことで、施策の継続的な改善が可能になります。
成功への7ステップロードマップ
ワーケーション推進を成功させるためには、計画的かつ段階的なアプローチが重要です。
ステップ1:徹底的な現状分析と明確な目標設定
地域の強み・弱みを洗い出し、「誰に」「何を」提供するのかを明確にします。「子育て世代の業務型ワーケーション誘致による関係人口創出」や「企業研修型ワーケーションによる地域課題解決」など、具体的な目標設定が成功の第一歩です。
ステップ2:ワーケーション資源の棚卸し
高速インターネット環境、コワーキングスペース、宿泊施設、体験プログラム、地域住民との交流機会など、活用できる資源を網羅的に特定します。遊休施設のリノベーション活用も有効な選択肢です。
ステップ3:差別化されたプログラムの企画・造成
地域ならではの体験を盛り込んだオリジナルプログラムを企画します。一次産業体験、伝統工芸体験、専門家セミナーなど、その地域でしか得られない価値を提供することが重要です。
ステップ4:戦略的なプロモーションと誘致活動
WebサイトやSNSでの情報発信、企業向けセミナー開催、旅行会社との連携など、ターゲットに応じた効果的なプロモーションを展開します。地域の魅力だけでなく、企業や個人の課題解決にどう貢献するかを明確に伝えることが大切です。
ステップ5:万全な受け入れ体制の整備
宿泊施設、飲食店、交通機関との連携強化、通信インフラの安定性確保、トラブル時のサポート体制構築など、利用者が安心して滞在できる環境を整えます。
ステップ6:継続的な効果測定と改善
多角的な指標による効果測定を実施し、参加者からのフィードバックを収集して継続的な改善につなげます。成功事例の蓄積と共有も重要です。
ステップ7:持続可能なエコシステムの構築
専門部署の設置、多様なステークホルダーとの連携プラットフォーム構築、長期的な予算確保など、一過性のブームで終わらせない仕組みづくりを行います。
データが示すワーケーションの未来可能性
リモートワーカーにおけるワーケーション経験者の比率は約22%という調査結果があり、リモートワークの普及に伴ってワーケーション市場も拡大していくと予想されます。
また、ワーケーション中に「職務効力感(今回の経験を経たものが、仕事で活かせると思った)」を感じた割合は4割前後と、通常の観光よりも20pt程度高いというデータは、ワーケーションが単なる観光以上の価値を提供できることを示しています。
さらに、Google トレンドによると、「ワーケーション」という検索語への関心は、新型コロナウイルス感染者の増加を受けて世界中の企業がオフィスを閉鎖した約半年後の2020年10月頃から上昇傾向にあり、働き方の多様化とともにワーケーションへの関心も高まっています。
まとめ
ワーケーションは単なる一過性のブームではなく、働き方の多様化と地域活性化を結ぶ重要な架け橋として機能する可能性を秘めています。成功の鍵は、地域の特色を活かした独自のプログラム開発と、企業・地域住民・行政が一体となった推進体制の構築にあります。
市場規模が5年で5倍に成長するという予測が示すとおり、今後ますます注目が集まる分野です。しかし、ただ施設を整備すれば成功するわけではありません。地域の課題と特色を深く理解し、利用者のニーズに応える価値あるプログラムを提供できるかどうかが勝負の分かれ目となります。
データに基づく効果測定と継続的な改善、そして長期的な視点での戦略立案。これらを組み合わせることで、ワーケーションを通じた持続可能な地域活性化が実現できるはずです。地域の未来を変える新たな挑戦として、ワーケーション推進への一歩を踏み出してみませんか?